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東京地方裁判所 昭和43年(ワ)7806号 判決

原告 一条智子

右訴訟代理人弁護士 満園勝美

同 今野昭昌

被告 協栄生命保険株式会社

右代表者代表取締役 川井三郎

右訴訟代理人弁護士 関口保二

同 関口保太郎

同 上野襄治

補助参加人 一条宗光

右訴訟代理人弁護士 榎赫

主文

被告は、原告に対し、金五〇万円及びこれに対する昭和四三年六月一二日から完済まで年六分の割合による金員を支払え

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、主文同旨の判決と仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

一、訴外一条世界は被告会社との間に被保険者を同訴外人、満期日を昭和四三年四月一四日とする保険金額金五〇万円の特別厚生一〇年満期生命保険契約(契約番号厚生((一一))一五六〇号)を締結し、その後死亡時保険金受取人をその長男である補助参加人一条宗光と指定した。

二、同訴外人は、妻八千代と離婚した後原告と結婚し、昭和四二年三月二一日原告との間に長男太陽をもうけたものであるが、おそくとも同年七月二五日までの間に原告に対し、本件保険の死亡時保険金受取人の指定を補助参加人一条宗光から原告に変更する旨の意思表示をしたから、本件保険の保険金受取人は原告に変更された。

三、同訴外人は同年九月四日午後九時死亡したから、原告は本件保険の保険金請求権を取得した。

四、(一) 大蔵大臣の認可を受けた被告会社の「特別厚生保険普通保険約款」三四条二項によると、本件保険金受取人の指定の変更は保険証券に保険者である被告会社の承認の裏書を受けてからでなければ被告会社に対し効力を生じない旨定められている。

(二) 右訴外人は、昭和四二年七月二五日頃、原告に対し、被告会社に対する保険証券裏書請求の手続をとるように命じ、原告は、同年八月末頃、原告の弟である訴外大庭伸介に右手続をとるように依頼した。

(三) 訴外大庭伸介は、同年九月二日、被告会社五反田支社に対し、訴外一条世界名義の保険証券裏書請求書を提出することによって本件保険の死亡時保険金受取人を補助参加人一条宗光から原告に変更する手続をとるように申入れた。

(四) 右保険証券裏書請求書は同年九月四日午後三時一旦東京都中央区日本橋所在の被告会社本店に廻送されたのち、同月五日同都世田谷区玉川等々力町所在の被告会社別館にある原簿課に廻送され、右原簿課において右保険証券裏書請求を審査のうえ、同年九月一二日、同年九月五日付で本件の保険証券に前記死亡時保険金受取人の指定変更を承認する旨の裏書をした。

(五) 右死亡時保険金受取人指定変更を承認する旨の裏書の効力は、本件保険証券裏書請求書が被告会社五反田支社に提出された日である同年九月二日に遡って発生すると解するのが合理的である。

仮に被告会社五反田支社に保険契約者からの意思表示を受領する権限がないとしても、右裏書の効力は、本件保険証券裏書請求書が被告会社本店に到達した同年九月四日午後三時に遡って発生すると解すべきである。

五、仮に、訴外一条世界死亡前に本件保険の保険金受取人変更手続が完了しなかったため、原告が保険金受取人の地位を取得しなかったとするならば、それは、被告会社が昭和四二年九月二日保険証券裏書請求書を受理しながら、事務処理の不手際のために同訴外人の死亡前に右手続を完了することができなかったのであり、その結果原告が保険金請求権を失い、保険金と同額の損害を蒙ったのであるから、被告会社は、原告に対し、右損害を賠償する義務がある。

六、原告は、被告会社に対し、昭和四三年六月八日到達の内容証明郵便をもって、右郵便到達後三日以内に本件保険金を支払うように催告したが、被告は同年六月一一日を経過してもこれを履行しない。

七、よって、原告は、被告会社に対し、右金五〇万円及びこれに対する昭和四三年六月一二日以降完済まで年六分の割合による金員の支払を求めるため本訴請求に及んだ

と述べた。

被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、請求の原因に対する答弁として、

一、請求原因一項の事実は認める。

二、同二項のうち身分関係に関する事実は認めるも、その余の事実を否認する。

三、同三項のうち訴外一条世界が原告主張の日時に死亡したことを認めるも、その余の主張は争う。

四、(一) 同四項(一)の事実は認める。

(二) 同四項(二)前段の事実は否認する。後段の事実は認める。

(三) 同四項(三)の事実は認める。

但し、訴外一条世界作成名義の保険証券裏書請求書は原告の偽造にかかるものである。

(四) 同四項(四)の事実は認める。

(五) 同四項(五)の主張は争う。

仮に保険金受取人指定変更承認の効果は、受取人変更の通知が保険者に到達した時点に遡るとしても大蔵大臣の認可を受けた被告会社の「特別厚生保険事業方法書」第二章A(4)によれば、被告会社五反田支社は保険契約者からの意思表示を受領する権限がなく、単にこれを本社に取次ぐ権限を有するに過ぎないから、本件保険証券裏書請求書を被告会社五反田支社に提出しても、右時点をもって保険金受取人変更の意思表示が保険者たる被告会社に到達したと解することはできない。

保険企業の如き各種の大量の事務を処理する有機的組織体においては、意思表示の到達ありというためには、これが事務を処理する職務権限を有する者に対して到達しなければならないと解すべきである。

従って、本件について言えば、本件保険金受取人変更の意思表示は、保険金受取人変更請求の書類が、保険証券に承認の裏書をする事務を担当する被告会社の原簿課に到達した時点である昭和四二年九月五日に被告会社に到達したと解すべきであるから、本件保険金受取人変更承認の効果は訴外一条世界の死亡前に遡ることはない。

五、請求原因五項のうち、被告会社の事務処理に不手際があったとの主張は否認する。

六、同六項の事実は認める。

七、同七項は争う。

八、被告会社の「特別厚生保険普通保険約款」三四条二項によると保険金受取人の指定変更はこれを保険者に通知し保険証券に被告会社の承認の裏書を受けてからでないと被告会社に対し効力を生じない旨定められている。右規定は商法六七七条一項所定の要件を加重したものであるが、同条は公益に関するものではなく任意規定と認められるから、その要件の加重は有効である。これは保険者の利益のための規定で、保険金受取人の通知があった事実を確実、明瞭ならしめ、もって保険者が保険金の二重払を強いられる危険から免れる目的で定められたものである。

ところで本件において保険金受取人指定変更の手続の完了したのは昭和四二年九月五日であるが、被保険者である訴外一条世界はその前日に死亡し、その死亡と同時に保険金請求権は死亡時に受取人である補助参加人一条宗光に帰属することに確定したから、原告は被告会社に対する関係で右保険金請求権を取得するに由なかったものである。

と述べた。

立証≪省略≫

理由

一、保険契約の締結

訴外一条世界が被告会社との間に被保険者を同訴外人、満期日を昭和四三年四月一四日とする保険金額金五〇万円の特別厚生一〇年満期生命保険契約(契約番号((一一))一五七六〇号)を締結し、その後死亡時保険金受取人をその長男である補助参加人一条宗光と指定したことは、当事者間に争いがない。

二、保険金受取人の指定変更

(一)  ≪証拠省略≫によると大蔵省の認可を受けた被告会社の「特別厚生保険普通保険約款」三四条一項には、保険契約者は保険金受取人を指定した後においても、保険事故が発生するまでは、自由にこれを変更又は撤回する権利を留保する旨定められていることを認めることができる。

右保険金受取人の指定変更権の性質は、商法六七六条、六七七条及び右約款の定めの趣旨に照らし、保険契約者の一方的意思表示によってその効果を生じうる所謂形成権の一種と解することができる。

(二)  被告会社は、右約款三四条二項により、被告会社に対する関係で、指定変更行為の方式を定めその効力要件を加重したものであるとの趣旨の主張をするので判断する。

成程≪証拠省略≫によれば、前記特別厚生保険普通保険約款三四条二項には「前項の指定、変更又は承継は被保険者の同意を表わした書面を添えて、これを会社に通知し、保険証券に会社の承認の裏書を受けてからでなければ、会社に対して効力を生じません」。との定めがあることを認めることができる。

しかし右約款の定めは、指定変更権という形成権を認める法の精神から考えると、変更行為につき保険会社の承認の裏書という保険会社の意思にかからせる方式を定めてその効力要件を加重したものと解すべきではなく、保険会社の大量的な事務の明確化を期する上から、とくに約款をもって保険会社に対する対抗要件を商法六七七条所定の通知より加重し証券上の裏書をもって保険会社に対する対抗要件とすることを定めたものと解すべきであるから、被告会社の右主張は採用できない。

(三)  こうすると、保険金受取人の指定変更の方式及び相手方については、商法及び右約款上他に何等の規定もないから、右指定変更の意思表示は別段の方式によることを要せず、且つ必らずしも保険者に対してのみこれをなすことを要するものではなく、前受取人又は新たに保険金受取人となすべきものに対してこれをなすことも許されると解すべきである。

(四)  ≪証拠省略≫によると、訴外一条世界は訴外平野八千代と結婚し、同訴外人との間に長男一条宗光(補助参加人)ほか二名の子供をもうけたこと、訴外一条世界は、昭和三三年四月一五日本件保険に加入し、死亡時保険金受取人を当時の妻訴外平野八千代と指定していたが、その後同訴外人と離婚(昭和三九年一〇月一日離婚の裁判確定)したことから昭和四〇年五月六日死亡時保険金受取人を長男である補助参加人一条宗光に変更したが、右補助参加人に対してはそのことを告げたことはなく、右補助参加人は訴外一条世界死亡後保険会社から知らされて右の事実を知ったこと、昭和四一年一月二一日訴外一条世界は五二才で当時三八才の原告と再婚し(同年一月二四日婚姻届出)、昭和四二年三月二一日原告との間に一子をもうけたこと、訴外一条世界は、結婚前から原告に対し、結婚後は本件保険金の受取人を原告に変更する旨話しており、結婚後間もなく保険金受取人を原告名義に変更する手続をするよう指示したこともあったが、原告において放置していたところ、同訴外人は、昭和四二年八月一八日虎ノ門病院に胆のう癌の疑いで入院したこと、原告は、その頃被告会社から保険金受取人指定変更の手続に必要な保険証券裏書請求書用紙を取寄せ、同年八月二四、五日頃訴外一条世界の承諾のもとに右用紙の保険契約者欄及び被保険者欄に一条世界にかわって署名押印したことを認めることができ、≪証拠省略≫によっても右認定を覆すに足らず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

右事実によれば、訴外一条世界は、遅くとも昭和四二年八月二四、五日頃までに原告に対し、本件保険の保険金受取人を補助参加人一条宗光から原告に対し変更する旨の意思表示をしたものというべく、その結果その頃までに原告は本件保険の死亡時保険金受取人たる地位を取得し、訴外一条宗光はその地位を喪失したものということができる。

(五)  被告会社は、被保険者である訴外一条世界が右承認の裏書の前日である昭和四二年九月四日に死亡し、その死亡と同時に保険金請求権者は死亡時の受取人である補助参加人一条宗光に確定したから、原告は被告会社に対する関係で右保険金請求権を取得するに由なかったものである旨主張する。

訴外一条世界が、昭和四二年九月四日午後九時に死亡したことは当事間に争いがない。

しかし前述のとおり訴外一条世界の前記保険金受取人指定変更権の行使によって本件保険の死亡時保険金受取人は補助参加人一条宗光から原告に変更され、補助参加人一条宗光は死亡時保険金受取人の地位を確定的に喪失したのであるから、その後において被保険者である訴外一条世界が死亡しても補助参加人一条宗光は被告会社に対し保険金請求権を取得するに由がないものといわなければならない。

尤も右死亡時保険金受取人の指定変更につき被告会社が保険証券に承認の裏書をしないうちは、原告は被告会社に対し右指定変更をもって対抗できないから、被告会社が従前の死亡時保険金受取人である補助参加人一条宗光に対し善意で保険金を支払えば免責される場合のあることはまた別問題である。

三、保険金受取人指定変更の対抗要件

(一)  前記約款の定めは、保険会社に対する通知と証券上の裏書をもって保険金受取人の指定変更の保険会社に対する対抗要件とすることを定めたものと解すべきことは、前述のとおりである。

(二)  訴外大庭伸介が、原告の依頼に基づき、昭和四二年九月二日被告会社五反田支社に対し、訴外一条世界名義の前記保険証券裏書請求書を提出し、死亡時保険金受取人を補助参加人一条宗光から原告に変更するについて保険証券にその承認の裏書をするように申入れたこと、その結果右書類は同月四日午後三時一旦東京都中央区日本橋の被告会社本店に廻送されたのち、同月五日東京都世田谷区玉川等々力町所在の被告会社別館にある原簿課に廻送され、右原簿課において右保険証券裏書請求を審査の上同日付で保険証券へ右保険金受取人変更を承認する旨の裏書をしたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

右事実によれば、訴外一条世界は昭和四二年九月二日訴外大庭伸介を通じて被告会社に対し本件保険の死亡時保険金受取人を補助参加人一条宗光から原告に変更する旨通知し、被告会社は右通知に基づき同年九月五日付をもって保険証券に右指定変更承認の裏書をしたものということができる。

(三)  被告会社は、訴外一条世界の右保険金受取人指定変更の通知が被告会社別館にある原簿課に廻送されたときをもって、右通知の到達と解すべきところ、右通知は訴外一条世界死亡後の昭和四二年九月五日被告会社原簿課に到達した旨主張する。

しかし、仮に右通知の到達をもって被告会社主張の如く解すべきとしても、表意者が通知を発した後に死亡しても意思表示はそのためにその効力を失うものでないことは民法九七条二項に定めるところであるから、訴外一条世界の右保険金受取人指定変更の通知の効力は、その後の同訴外人の死亡によってその効力を妨げられることのないことは明らかである。

(四)  被告会社は死亡時保険金受取人指定変更の承認の裏書は被保険者死亡前になされなければその効力を生じない旨主張するが、被保険者の死亡即ち保険事故の発生後には、従来の受取人の権利が確定的なものとなるから、被保険者の死亡後に右指定変更権を行使しえないことは当然であるが、対抗要件としての承認の裏書は必らずしも被保険者死亡前になされなければならないことはなく、死亡後であっても差支えがないと解すべきであるから被告会社の右主張は採用できない。

(五)  そうすると、原告は被告会社の右承認の裏書によって本件保険の死亡時保険金受取人を補助参加人一条宗光から原告に変更するについての対抗要件を具備したものということができるから、右承認の裏書以後被告会社に対し右指定変更をもって対抗できるというべきである。

四、ところで、本件保険の被保険者である訴外一条世界が昭和四二年九月四日午後九時に死亡したことは前記認定のとおりであるから、原告は本件保険の死亡時保険金受取人として被告会社に対し保険金請求権を取得したものといわなければならない。

そして原告が被告会社に対し、昭和四三年六月八日到達の内容証明郵便をもって右郵便到達後三日以内に本件保険金を支払うように催告したことは当事者間に争いがないから、被告会社は原告に対し、本件保険金五〇万円及びこれに対する昭和四三年六月一二日から完済まで年六分の割合による金員を支払うべき義務がある。

五、よって、被告の本訴請求は理由があるから、これを正当として認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用し、仮執行の宣言の申立は相当でないものと認めてこれを却下し、主文のとおり判決する。

(裁判官 渡辺剛男)

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